信じる者は馬鹿をみるこの世の中で
希望を持ち続ける事は困難な事である。
希望を持つ=生きるエネルギー なのに...
信じられるものは何であろうか?
生きるのも死ぬのも...進むのも退くのも...
引きこもり状態の知り合いが二人います。
時々何かの拍子に思い出して心配になったりします。
でも、そうすると自虐的笑いがこみ上げてきて自分の過去が思い出されてきます。
私も仕事が無く何も望む事ができなくなり、無気力な状態になった時もありました。
引きこもりに片足をつっこんでいた状態だったかもしれません。
そんな時間を長く過ごすと人間のアクティブな面をどんどん失ってしまいます。
何かを始めるために必要なポテンシャルエネルギーみたいなもの(希望)が無くなると
無気力状態に深く落ちていくスパイルに入り込んでしまうようです。
生きるのも死ぬのも...進むのも退くのも...どちらかにするのなら
普通の人は間違いなく前者を選択するでしょう。
(その理由は未来に対して明確ではなくても希望を持つことができるから。)
でもエネルギー(希望)を失った者はどちらも選べない。
何も望む事ができないから...
その場にしゃがみ込んでしまい動く事ができなくなる。
その状況と時間がもたらす結果は 少しずつ生命力を失っていく事 少しずつ退いていく事に他ならない。
本人はそれに気が付かない。
時間がその力さえ麻痺させて奪い去っている。
最後に待つものは何だろうか?
自分の力でのみ自分が快適に過ごせる環境を創り出すことができる。
こんなあたりまえの事に気が付くのに何十年の月日を費やしてしまっている。
愚かな自分がいます。完全な自己実現など夢のまた夢、あり得ない。
結論は?何もない...ただ明日も重い気持ちと足を引きずって仕事場に向かう自分がいる。
時々何かの拍子に思い出して心配になったりします。
でも、そうすると自虐的笑いがこみ上げてきて自分の過去が思い出されてきます。
私も仕事が無く何も望む事ができなくなり、無気力な状態になった時もありました。
引きこもりに片足をつっこんでいた状態だったかもしれません。
そんな時間を長く過ごすと人間のアクティブな面をどんどん失ってしまいます。
何かを始めるために必要なポテンシャルエネルギーみたいなもの(希望)が無くなると
無気力状態に深く落ちていくスパイルに入り込んでしまうようです。
生きるのも死ぬのも...進むのも退くのも...どちらかにするのなら
普通の人は間違いなく前者を選択するでしょう。
(その理由は未来に対して明確ではなくても希望を持つことができるから。)
でもエネルギー(希望)を失った者はどちらも選べない。
何も望む事ができないから...
その場にしゃがみ込んでしまい動く事ができなくなる。
その状況と時間がもたらす結果は 少しずつ生命力を失っていく事 少しずつ退いていく事に他ならない。
本人はそれに気が付かない。
時間がその力さえ麻痺させて奪い去っている。
最後に待つものは何だろうか?
自分の力でのみ自分が快適に過ごせる環境を創り出すことができる。
こんなあたりまえの事に気が付くのに何十年の月日を費やしてしまっている。
愚かな自分がいます。完全な自己実現など夢のまた夢、あり得ない。
結論は?何もない...ただ明日も重い気持ちと足を引きずって仕事場に向かう自分がいる。
— posted by その他 at 10:48 pm TrackBack [0]
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